2020-2021年度会長報告
第3672例会 令和2年10月21日 会長報告 長澤 秀行 会長
2020 年 10 月 28 日
先週のプログラムは、田中佑依さんによるグローバル補助金報告会でした。イギリス留学中の楽しかったこと、うれしかったこと、大変だったことなど、お話いただきました。田中佑依さんは、2015年に亡くなられた田中弘パストガバナーのお孫さんです。ご縁があって、今回の留学につながったと思います。
私が、帯広クラブに入会した時に、田中パストガバナーから、再三にわたって畜大の初代学長を勤められた宮脇富先生のことを聞かされました。「先人にはロータリアンとして偉大な人がいましたよ。」とのことでしたが、「もっと、ロータリー活動を熱心にやりなさい。」と言いたかったと思います。
本日のプログラムは、小白委員長による「帯広ロータリークラブの歴史を知ろう」です。戦後、当クラブの再開に関わられた宮脇富先生について触れられるということです。
宮脇先生は明治16年に島根県でお生まれになりました。高等小学校を卒業し、14歳で北海道開拓山陰移住団に加わり札幌に来られました。郵便配達夫として学資を稼ぎながら札幌農学校の聴講生となりました。そこで、農学に興味を持ち、15歳の時に17歳と年齢を詐称し、札幌農学校農芸科に入学します。卒業後、渡米し、サンフランシスコ市立高校、カンサス州立大学で酪農学を学び、卒業後に助手、助教授となりました。この時、世界ではじめて、乳牛用搾乳機の実用化に成功しています。1911年に帰国後、北大の講師をしながら、練乳製造会社の設立に関与し、コンデンスミルクの国内生産を始めました。北大の教授に就任するためには、文部省留学生の経験が必要となり、再度、カンサス州立大学を訪れることになり、その時、教授に同行して、ロータリークラブを訪問することがあったそうです。1941年に帯広高等獣医学校の校長に就任し、その後、帯広畜産大学の学長となります。1953年、学長を退官した年に、1953-1954年第60地区(東日本)ガバナーに就任されました。
米国での経験が長く英語が堪能だったので、ロータリークラブ手続き要覧の翻訳責任者であり、ロータリー問答を10年間担当して、「ロータリーの生き字引」と呼ばれていました。
歴史を知るということは大切なことです。いろいろな機会を得るためにも歴史を学び、ロータリー活動に活かしていきたいと思います。